山田孝之、3年向き合った『全裸監督』の“後遺症”「いまだに視界の隅に村西とおるがいる」
Netflixオリジナルドラマ『全裸監督』シリーズをはじめ、数々のドラマや映画でその存在感を発揮し続ける俳優・山田孝之。彼が2008年より月刊誌「+act.(プラスアクト)」(ワニブックス)で隔月連載としてつづってきた詩をまとめた詩集『心に憧れた頭の男』が10月20日に発売された。作品に出演するごとに全く違った顔を見せる山田は、何を思い、どんな価値観を持っているのか。24歳から37歳まで約13年にわたってつづられた思いの数々が収められた本書は、それを解き明かす鍵になる一冊とも言える。俳優業にとどまらず、さまざまな表現に挑戦し続ける山田の現在地とは?
【写真】穏やかな雰囲気をまとう山田孝之<全13枚>
■ スターはずっと吉井和哉 思いついた詩が“THE YELLOW MONKEY過ぎる”ことも
――このお仕事をお受けされたきっかけは何だったのですか?
山田:映画『クローズZERO』(2007)が公開されたとき、キャストがブログをリレーするという企画があって、そこで文章を書いていたのですが、それを見た担当編集の方から声をかけてもらったというきっかけでした。今、思い返してみると、昔から言葉を作るのが好きだったんだと思います。
――詩を書くにあたって、インスパイアされたアーティストや作品はありますか?
山田:インスパイアというと少し違うかもしれませんが、僕の中にはずっと吉井和哉というスターがいるので、あの方の書いた歌詞の影響はあると思います。僕もふと風や星が気になったりすることがあるのですが、吉井さんの歌詞にも同じような言葉がすごく出てくるんですよ。「共感」に近い感覚かもしれません。だからこそ、そこは気をつけているところでもあります。自分がパッと思いついて書いたことが“THE YELLOW MONKEY過ぎる”ということがあるので、少し言葉を変えようと作業したことは記憶にあります。
■ 変化を起こすために表現する「停滞することは恐ろしい」
――俳優だけでなく、今回の詩作、プロデューサーや監督に挑戦するなど多岐にわたって活動されていますが、その原動力は何ですか?
山田:いろいろなことをやってはいますが、僕がやっているのは全て表現で、ただ「表現をすること」が好きなんです。その原動力となっているのは、表現が人を動かしたり、変化を起こしたりするきっかけになること。僕は停滞することが恐ろしいことだと思っていて、変化を起こすことがすごく重要。それが良い方向に動くのか、悪い方向に動くのかは分かりませんが、見る人の気持ちを動かすためにやり続けています。
例えば、僕がプロデュースした映画『デイアンドナイト』は、当時高校生だったある女性が、どこの劇場に行っても来てくれて、50回以上観てくれていました。別に出演者の誰かのファンということでなく、なぜか分からないけど『デイアンドナイト』の世界観に惹(ひ)きつけられて、観られる場所で全部観たいと思ったそうです。その人の存在を知ったとき、興行収入とか動員数とか関係なく、僕らは「成功した」と思いました。それだけ1人の人間を動かしたんだから、それは成功です。映画には絶対にそういう力があると思っています。