純烈・白川裕二郎、2027年3月末でグループ卒業 昨年母を亡くし「情熱がなくなった」
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3人組ムード歌謡コーラスグループ純烈の白川裕二郎が、2027年3月末日をもって、純烈としての活動を終了し、グループを卒業することを発表。8日に都内某所で行われた記者会見では、母親が昨年に亡くなったことでグループを続けるモチベーションが「他のメンバーよりもなくなってしまった」と卒業理由を語った。なお、引き続きG-STAR.PROには所属し続ける。
【写真】昨年亡くなった母親について語り、涙を浮かべた純烈・白川裕二郎
2007年に結成し、3年間の準備期間を経て2010年6月23日に「涙の銀座線」でユニバーサルミュージックから6人組グループでメジャーデビューした純烈。紆余曲折あり、2025年3月末で新加入メンバー岩永洋昭が卒業し、オリジナルメンバー3人の白川、酒井一圭、後上翔太で新たなスタートを切っていた。
白川は、大相撲力士、俳優という異色の経歴を持つリードボーカル。小学6年生の時に父親を亡くし、姉と白川をひとりで育ててきた母親を、昨年10月に亡くしたばかりだった。
会見には輝くオレンジ色のスーツで登場した三人。白川は「きっと突然の報告で、心配されたり、びっくりされているファンの方たちがいらっしゃったと思います。ただ、純烈を卒業するというのは5年前からずっと伝えさせていただいていたんです」と長年考えた末の卒業だったと明かす。
5年前といえば、小田井涼平が卒業した2022年よりも前。その頃から母親が白川を認識できなくなってきたそうで、「母のそばにいてあげることが親孝行」と考えが変わり、卒業を意識し始めたという。
「去年の10月にうちの母親が他界しまして、自分の中でも純烈を続けていくモチベーション、情熱みたいなものが、他のメンバーよりもなくなってしまったような気がしました。中途半端な気持ちで純烈を続けるのは、ここまで支えてくださった事務所のスタッフの皆さん、そしてメンバー、ファンの皆さんに申し訳ないなということで、卒業という決断をさせていただきました」と経緯を明かす。
白川は母親が亡くなった当日もステージに立たなければいけなかったそうで「やっぱり(亡くなる瞬間に立ち会えなかったことに)後悔はあります。でもうちの母親の口癖が『目の前にいるファンの皆さんや仕事のありがたみを感じて、大変なことがあるかもしれないけど、何があっても頑張んなさい』で、その言葉を思い出しながら、当日はステージに立ちました」と涙を浮かべながら、言葉を詰まらせて振り返った。
加えて「今まで純烈には7人在籍したわけなんですけれども、そのうちの4人がいろんな事情があって卒業していきました。今度は僕が見送る方ではなく見送られる側として卒業させていただくことになります。心と体をリセットして、一度充電させていただいてから、またファンの皆さんの前で歌わさせていただく、そんな日がくればいいなというふうに思っております」と歌手として復活する可能性も示唆した。
リーダーの酒井は、白川卒業にあたり、新メンバーオーディションの実施を発表。「純烈セカンドチャンスオーディション2026」と銘打って、純烈の新しいメンバーと、純烈、モナキに続くグループのメンバーを募集する予定で、条件は“男性”のみ。ジャンル、年齢、国籍、形態等の制限は一切ないという。
歓迎要件は「歌唱に自信がある方」「ダンスの経験がある方」「配信活動、トーク、企画に自信のある方」の3つ。
酒井は「記者会見を見て急に思い立った方でも構いません。できれば5人組という形で、僕たちが両サイドにいて真ん中に新メンバーの3人がいるみたいなイメージを持っています。歌いたい方でもいいですし、目立ちたい方でもいいですし、とにかく元気な、やる気のある方、集まっていただければなと思っております」と思いを語る。
同オーディションは年齢不問。「赤ちゃんはさすがに面白くないと思うんですけど(笑)、モナキのメンバーのように、それぞれの個性が集まって光るのがグループの良さだと思うので、例えば中学生とか高校生とかの若い方で、一人だと世に出れないかもしれないけれど、誰かと組んだら一つのキャラクターを全うできるんじゃないかなとピンとくる方がいればぜひともご応募ください」と呼びかけた。
ちなみに年齢は問わないが「新幹線とか飛行機とか、本当に毎日のように移動があるので、ご自身の健康と命と相談してエントリーいただければなと思います」と酒井は笑った。

