劇場版『名探偵コナン 隻眼の残像』はなぜここまで魅力的なのか リモコンが象徴するほろ苦い真実
なんといっても感情的なシーンなどキャラクターそのものを深く掘る本作。特に長野県警の大和敢助、諸伏高明、上原由衣、そして毛利小五郎など久々の活躍となるキーパーソンたちが基本的に全員大人だった点も、映画全体が大人向けの雰囲気になっている要因と言えるだろう。前作の『100万ドルの五稜星』が若者たちによる恋愛青春アクション映画だったことに対し、本作ではロマンスシーンでさえ会話の内容がいたたまれないほど大人な雰囲気を醸し出す。
しかし落ち着いているかと思えば全くそんなことはなく、雪山を舞台にしたシックなサスペンス映画のていをしたアツすぎる激情型作品なのが面白い。特に長野3人組に関しては、それぞれが命を落としかけるという暴れっぷりを見せ、残された2人の感情が爆発、そのローテーションが繰り広げられ、それを観る我々も爆発というループが完成されていて良い意味で手に負えない。あの普段はふざけた小五郎でさえ親友の死に泣き叫ぶ姿を見せ、普段からは想像もできない強い感情を表に出す。その中で、普段から暴れまくっている主人公のコナンが一歩引き、いつも彼の守る対象だった毛利蘭と“共犯関係”となって脇に徹している点もさじ加減が良い。
劇場版『名探偵コナン 隻眼の残像』より (C)2025 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
さじ加減といえば、少年探偵団の扱いだ。『隻眼の残像』でも脚本を務めた櫻井武晴の描く彼らは、これまでの作品の中で時に危うい存在として描かれるが、それでも“子どもの立場で何かできることをする”印象が強い。特に『名探偵コナン 純黒の悪夢(ナイトメア)』ではトラブルの元になりつつも(元太が高所から身を乗り出したり、鈴木財閥の力を利用して観覧車に乗り込んだり)、彼らがいたから黒ずくめの組織に所属していたキュラソーが心変わりすることができたように、探偵団だからできることをやっている。特に大人が活躍するプロットにおいて、コナン以外の子どもは持て余し気味だが、櫻井脚本において探偵団は『名探偵コナン ゼロの執行人』や(カプセル衝突を食い止める)『名探偵コナン 緋色の弾丸』でも(誘拐された鈴木園子の父をうなぎの匂いを追って発見する)、しっかりとした役割を持たされることが多い。
そんな彼らが本作では銃声を聞いて無闇に飛び出し、銃を持った大人相手に本気で怖い思いをする。これは「見た目は子ども、頭脳は大人」な主人公を筆頭に子どもたちが豪胆すぎる『名探偵コナン』シリーズにおいて忘れがちな、彼ら本来のリアクションを引き出していて、ちゃんと子どもが子どもとして描かれることの大切さを改めて思い出させてくれる。それと同時に蘭が犯人に銃口を向けられた時も、自分たちが勝手に外に出たことで招いた状況とはいえ“演技”をして追い払う活躍ぶりを見せた。震えながらも彼らなりに勇気を出して彼女を救おうとしたこと、そんな彼らを「怖かったね」と蘭が抱きしめるシーンには少し目頭が熱くなってしまう。
劇場版『名探偵コナン 隻眼の残像』より (C)2025 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
櫻井脚本ならではの“キャラクター深掘り”といえば忘れてはいけないのが、公安だ。本作でも降谷零の部下である風見裕也が缶コーヒーまみれの疲労困憊状態でコナンにこき使われてしまう。彼は『純黒の悪夢』に初登場し、劇場版から本編に逆輸入された数少ないキャラクターの1人なのだが、本作ではコナンに盗聴器をつけたことを降谷に咎(とが)められた際に「かつてのあなたがそうしたように」と発言する。これは『ゼロの執行人』で降谷がコナンの携帯に遠隔操作アプリを入れて動きを監視していたことを示唆していて、同じ脚本家が書いた過去作を引き合いに出せる強みを感じさせる。加えて、クライマックスで小五郎が風見を見た時に「お前……!」と口走るシーンも、風見ら公安が小五郎を爆破テロの犯人に仕立て上げた因縁を表していて、作品同士の繋(つな)がりが実感できるのだ。
観客の我々は把握していても、本来、劇場版で起きたことは劇場版に止めることが多く、作品の中のキャラクターは記憶喪失にあったかのように、それがなかったこととして物語が進行することも少なくない。しかし、前作『100万ドルの五稜星』の怪盗キッドと服部平次の因縁といい、『名探偵コナン』は劇場版とテレビアニメが地続きになっていることが多く、それゆえにキャラクターが持つ歴史が深まる。小五郎が風見の車に乗り込み、肩に手を置いて車を出すように促すシーンも、風見の銃を奪って発砲するシーンも、風見が自分に貸しがあることに小五郎が自覚的なところが良い。それと同時に風見にとっての贖(しょく)罪にもなっているのだから、意味深いものだ。
また、櫻井脚本といえば劇場版の前後のアニメ回にも注目してほしい。彼はこれまでも前日譚的や後日談エピソードを書き下ろしていて、『隻眼の残像』においても5月3日放送の「秘密の残像」で亡くなった鮫谷浩二の知られざる秘密について言及されているので、劇場版を鑑賞済みの方はこちらもチェックしていただきたい。