ジョン・F・ケネディ・ジュニアとキャロリンの悲劇 語り継がれる“ケネディ家の呪い”
王室のないアメリカの王子様、ジョン・F・ケネディ・ジュニアと、一般家庭出身の妻キャロリン・ベセット・ケネディのロマンスと悲劇を描く、ライアン・マーフィー製作のドラマ『ラブストーリー ジョン&キャロリン』がディズニープラスで配信され、1990年代に注目を集めた二人が再び脚光を浴びている。2人は一体どんな人物だったのか、そしてその悲劇とは何だったのか、おさらいしてみる。
【写真】父の国葬で敬礼するジョン・F・ケネディ・ジュニア
■アメリカのプリンスがバリキャリ女性と結婚
「アメリカの王室」と称されるケネディ家の御曹司として生まれたジョン。父ジョン・F・ケネディ大統領の執務室で遊ぶ姿や、凶弾に倒れた父の国葬で敬礼する姿が写真に残されており、3歳になった当日行われた葬儀で撮られた健気でかわいらしい姿は、ドラマでも象徴的に登場する。ジョン・ジョンの愛称で人々に愛された彼は、名門ブラウン大学とニューヨーク大学ロースクールで学んだのち、ニューヨーク州地方検事補を経て、政治&ライフスタイル誌George(ジョージ)を創刊。最も魅力的な独身男性として注目を集め、ダリル・ハンナやサラ・ジェシカ・パーカー、マドンナらと浮名を流した後に出会ったのが、カルバン・クラインで広報を担当するキャロリンだった。
ジョン・F・ケネディ・ジュニアとキャロリン・ベセット 写真提供:AFLO
ボストン大学を卒業後、ボストンの店舗勤務を経てニューヨークに栄転した彼女は、広報担当者として著名人を数多く担当。ジョンとの出会いは、セントラルパークでジョギング中に偶然ぶつかったという韓国ドラマ風シチュエーションのものから、店舗で出会ったという地味目のものまで諸説あるが、ドラマでは慈善パーティーで出会ったものとして描かれる。独立記念日の週末にケネディ家の別荘でという、いかにもなプロポーズを経て、1996年9月21日、ジョージア州沖のカンバーランド島で挙式した。彼女の人物像については、ドラッグや駆け引きを好むパーティーガール、または聡明で堅実な女性と様々伝えられるが、当時席巻したノームコアスタイルをエフォートレスに着こなす姿で人々を魅了していたことは間違いない。

