小野賢章×上田麗奈が語る『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』――揺れ続ける心と“青春”の輪郭
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――前作と比べて、ギギにはどんな変化を感じましたか?
上田:前作までのギギには、人を見透かしたり、相手を手のひらの上で転がしたりすることを、そつなくこなしてしまうキャラクターという印象がありました。そこには大人びた雰囲気や、時には怖さすら感じるような側面もあったと思います。
ただ、その中にも垣間見えていた“無邪気な少女らしさ”が、今作ではより多く描かれている印象があります。自分の人生を振り返る場面では、等身大で自然体な表情や声色が見えてきて、「共感できるかもしれない」と思わされる瞬間もありました。
とはいえ、悩み方のスピード感や、直感力の鋭さからくる思考の運び方は、やっぱりどこか浮世離れしている。そのアンバランスさこそが、変わらずギギの魅力として映っていたのかなと思います。
上田麗奈
――対ケネス、対ハサウェイに向ける感情の違いについて、上田さんはどのように捉えていますか?
上田:とても感覚的に演じていた部分なので、これも私個人の解釈にはなってしまうんですけど……ケネスに対してと、ハサウェイに対してとでは、 “温度感”が違っていたように感じました。
ケネスに対しては、大人のつれなさからくるつまらなさを感じることも多かったですし、軍人としてのギラギラした一面に惹かれる部分はあっても、その裏にある“大人”を見てしまうと、どうしてもクールにならざるを得ない。大人として振る舞わなければならない場面が多くて、そこにはある種の諦めもあった気がします。もしかしたら、同族嫌悪のような感情も少しあったのかもしれません。居心地の良さと、冷静さが同居している関係でした。
一方で、ハサウェイに対しては、いつも自分の心を躍らせてくれる存在というか。一緒にいると、“青春”を感じられるような感覚があった気がします。ギギの中では、ケネスに向けるものよりも、少し温度の高い感情が向けられていたんじゃないかなと思います。
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』場面写真(C)創通・サンライズ
――PVにもある、ギギが「ハサウェイ・ノア」とひとり言のように呟くシーンに込めた感情は?
上田:あのシーンに乗せた感情は、ギギ本人も自覚していないものだったんじゃないかなと思っています。だから、言葉にすること自体が難しいというか……。
なぜあのとき、「ハサウェイ・ノア」という名前を、一音一音、転がすように口にしていたのか。その意味を、ギギ自身もまだ知らなかった。だからこそ、観てくださった方それぞれに考察してもらうためのシーンなのかな、と思っています。
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』場面写真(C)創通・サンライズ
――最後に、ファンのみなさんへメッセージをお願いします。
小野:前作から、気づけば5年が経っていました。本当に長い時間お待たせしたな、という思いがあります。でもその分、今作は、ひとつひとつのシーン、ひとつひとつの表情にまで「意味がある」と感じてもらえるような、非常に密度の高い作品に仕上がっていると思います。だからこそ、まずは安心して、劇場で思いきり楽しんでほしいですね。
僕自身、『閃光のハサウェイ』という作品の楽しみ方は、「観て終わり」ではないと思っていて。同じ作品を観た人たちと、「あのシーンはこうだったんじゃないか」「あのとき、彼は何を考えていたんだろう」と語り合う、その時間まで含めて完成する作品なんじゃないかなと感じています。
考察する余白がたくさんある作品なので、ぜひ観終わったあとも、いろんな視点で語り合ってもらえたら嬉しいです。
上田:ギギは、この物語を動かしていくキーパーソンのひとりですが、今作は本当に、あらゆる場所で濃密なドラマが描かれています。ハサウェイ、ケネス、ギギの3人だけでなく、登場するすべてのキャラクターに注目していただきたいですね。
それぞれの言葉の意味や、シーンに込められた意図を考えながら観ていただくと、きっと何度でも味わえる作品だと思います。先ほど話に出た「青春」という言葉が、どういう意味だったのか……。それも、実際に観ていただくことで「ああ、これかもしれない」と感じてもらえる瞬間があるはずです。
ぜひ劇場で、この物語を体感していただけたら嬉しいです。
(左から)上田麗奈、小野賢章
(取材・文・写真:吉野庫之介)
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』は、1月30日より全国公開。

