市川中車、歌舞伎になじみのない新宿での公演に並々ならぬ思い 大躍進続く息子・團子は「努力の賜物」
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市川團子
――ここ数年目覚ましい成長を遂げられている團子さんを中車さんはどのようにご覧になられていますか?
中車:努力の賜物だと思います。親子ではありますが、我々は2012年6月5日に初日を共に迎えた同輩です。13年半が経ちましたが、やはり子どもというのは覚えるのが早いんですね。私はもうどんどん差をつけられております。
とはいえ、澤瀉屋の年長組としてこのように息子と共に公演をさせていただくことは本当にうれしいですし光栄なこと。ただそれと同時に、歌舞伎にあまりなじみがない新宿というこの土地に歌舞伎の公演を根付かせる一端を2人で共に歩んでいくことができるという重み、責任感もあります。
――團子さんは中車さんと一緒の作品を勤め上げるということへの思いはいかがですか?
團子:澤瀉屋にとって大切な作品である『獨道中五十三驛』の中で、それぞれ責任のある大役を勤めさせていただくので、覚悟を持ってお役に挑みたいと思っています。
父は努力の人と言ってくれましたが、全然そんなことはないです。子どもの頃から映像作品に臨む姿もずっと見てきましたし、父の方こそ努力の人、努力の賜物だと思います。
市川中車
――團子さんはこの春大学を卒業され、歌舞伎一本となって最初の作品になるかと思います。今後歌舞伎俳優というお仕事にどのように向き合っていきたいですか?
團子:自分の中でもとにかくしっかりしなければいけないという意識が常にあります。学生から社会人へと立場が変わりさらにその意識が強くなると思いますし、そうならなければいけないと思っています。そういう思いをどう体現できるかというのは、とにかく舞台のクオリティを上げることが第一だと思っています。社会人になったからといって、変に何かを変えるとかではなく、ただただ舞台に対して誠実に、情熱を持って取り組んでいきたいです。
――歌舞伎町にあるTHEATER MILANO-Zaでの上演となりますが、新宿や歌舞伎町のイメージや思い出がありましたら教えてください。
中車:和田憲明さんという知る人ぞ知る猛烈な演出家がいまして。素晴らしい演出家なんですけども、とにかく役者を追い込む方なんです。新宿の劇場で上演されたある作品で主演を務めたのですが、共演した唯野未歩子ちゃんという虫も殺さないような俳優さんが和田さんとある日大喧嘩するという荒んだ現場でした。
ある日、芝居の中で使っていた本物のスタンガンがスイッチを切っても止まらなくなってしまって。1000ボルトぐらい流れているスタンガンがブブブ、ブブブと舞台上で暴れちゃったことがあったんです。でもその日、和田さんから「すげえ舞台だった! 感動したよ。生ってこういうことだな!」と初めて褒められたんですよね。それまで2ヵ月間稽古していて1回も褒められなかったので、もううれしくてうれしくて! ダッシュで新宿駅まで走って帰った思い出があります。
團子:私はそのような思い出はないんですけど(笑)。私はとんかつが好きなのですが、新宿周辺のお店にはほとんど行ったことがないので、舞台の間にいろいろとんかつのお店を探せたらなと楽しみにしています。
中車:いいバランスの答えを持ってくるねぇ~(笑)。
(取材・文:渡那拳 写真:米玉利朋子[G.P.FLAG inc])
歌舞伎町大歌舞伎 三代猿之助四十八撰の内『獨道中五十三驛』は、東京・THEATER MILANO-Zaにて5月3日~26日上演。
※「澤瀉屋」の「瀉」のつくりは、正しくは“わかんむり”

