中川晃教「ミュージカルとミュージシャンとしての活動は繋がっているもの」 3つの異なるコンサートで25年の歩みを披露
中川晃教、アコースティック公演の様子
――中川さんご自身も作詞・作曲をされていらっしゃいますが、曲を作るときは、どのように歌、そして音楽に向き合っていらっしゃるのですか?
中川:僕はいつも自分のスタジオにこもって曲作りをしています。若い頃は、キャッチーなサウンドを意識していたこともありましたが、25、6歳のときに独立してからは、そこに何の目的があるのかを考えるようになりました。自分が誰かのためにできることは何だろう、と。それは、独立していなかったら考えていなかったことだろうなと思います。そして、歌うことや音楽が好きだからこそ、「どれだけ根っこを張れるか。空に向かってまっすぐ伸びていくことができるのか」が大切なのだと感じます。根っこを張るためには必要な栄養もあるだろうし、上に伸びるためには手入れをしないといけない。そういう意識になったのも、自分に何ができるのかを考えたからこそだと思います。そうした中で、曲を作る、歌を歌うことにしっかりと向き合うようになりました。それをテーマに曲を書いているわけではないですが、自然と自分というものがそこにあるのだと思います。
――そうすると、楽曲を作ろうとなったときは、そのときに思っていることや考えていること、伝えたいという思いからスタートされるのですか?
中川:降ってくる、降りてくると思っていつも書いているんですよ。でも、降りてこない(笑)。もう時間がないとなっても、全然降りてこなくて(笑)。書くしかないとなったときに書ける気がします。当たり前ですが、「これを書きたい」と思って書くのと、「書かなくちゃ」と思って書くというのは、違いますよね。書きたいという気持ちに自分を掻き立てる。そのために、自分の中でルーティーンとして、軸足を音楽において1週間くらい生活するようにしています。他のことは入れずに、ギュギュッとジップロックを閉めたような状態にして楽曲を書かないと、降ってきませんから(笑)。
――なるほど。中川さんが作詞・作曲された「アルゴリズム」や「Family」などの楽曲は、言葉が最初に飛び込んでくるような楽曲だと感じたので、思いが最初にあって書いたのかなと思ったんです。
中川:もちろん、それも僕の中にどこかであると思います。ただ、僕は押し付けがましいのは嫌なので、そうならないように書こうと思ってはいるんです。音楽を届けるときに、そこで初めて表情がついて生まれてきて、初めてその歌を生み出した理由を知るというのが、理想ではあります。「アルゴリズム」も「Family」も自分の日常の中で感じたことを書いたものなんですよ。「Family」は一緒に暮らしていた祖母が亡くなり、祖母が死んだという事実や悲しみ、さまざまな思いが走馬灯のように1曲にならないかなと思ったときに、祖母の家にあった家系図を見て、自分の時間を辿りたくなったんです。祖母と一緒に住んでいた家にあった柿の木を眺めながら、いろいろと思い出して。それまでは、そうしたことを歌いたいと思うとは思ってもいなかった。人に押し付けるような歌は嫌だけど、祖母への思いはお酒を飲みながら話すことでもないだろうし、周りの人に話すにしては重い話題だし、でもやっぱり…と思ったときに、曲にしたら共感が生まれるのかなと思って書いたものでした。
