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貴城けい×田野聖子『マリア・シュトゥアルト』開幕! 目を離せない90分――舞台写真到着

演劇

舞台『マリア・シュトゥアルト』舞台写真
舞台『マリア・シュトゥアルト』舞台写真 撮影:角田勇太

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貴城けい

田野聖子

 貴城けいと田野聖子がダブル主演し、東京・IMAホールにて10月28日開幕した『マリア・シュトゥアルト』より、ゲネプロリポートと舞台写真が到着した。

【写真】90分、目を離せない『マリア・シュトゥアルト』舞台写真ギャラリー

 スコットランドの元女王マリア・ステュアートと、イングランドの女王エリザベス1世。史実では一度も会うことのなかった2人の女王を、シラーは戯曲の中で対面させた。

 本公演最大の挑戦は、2人の女優による「役の交換」。前半、貴城けいは処刑を待つとらわれの女王マリア・シュトゥアルトを、田野聖子は玉座に君臨するエリザベス一世を生きる。だが、史実には存在しなかった2人の女王の「対面」を境に舞台は反転。後半、貴城は王冠の孤独を抱えるエリザベスを、田野は死へと歩むことで自由を得るマリアを演じ直す――勝者と敗者、権力と信仰、ひとつの運命の表と裏を、2人がその身体で入れ替わりながら照らし出す。

 初日を目前に控えたIMAホールで、『マリア・シュトゥアルト』のゲネプロが行われた。休憩なしの90分。通し終えた瞬間、客席に残っていたのは拍手より先に、息を整える気配だった。これまで数多く上演されてきた『メアリー・スチュアート』とは違う。女優2人が前半と後半で役を入れ替える――その新しさだけが、この公演の魅力ではない。

 舞台に立つのは、役者としての出発点は近いのに、全く異なるジャンルで生きてきた2人の女優。その交錯こそが核である。

 貴城けい。気品と気高さ、そして孤高。そのたたずまいはそのままに、今回は心の奥底に封じられていた熱量が弾ける瞬間がある。貴城けいの新たな一面だ。

 田野聖子。確かな演技力で、エリザベスの孤独を、そしてマリアの崇高さとたおやかさを見事に演じ切る。言葉を一つずつ置いていく精度の高さに、客席が静まり返る場面が幾度もあった。

 2人の女王が口にする「どちらでもよかったのかもしれない」「どちらでもよくないのだから」という言葉。役を交換して演じるこの構造のなかで、その一言がどこへ落ちていくのか。

 そして舟木健。まさに八面六臂(ろっぴ)の活躍である。恵まれた身体と自在の声色に「道化」というエッセンスが加わることで、この物語の操り手は実は演出助手のたくらみだったのではないかと見間違うほどだ。

 物語をつかさどる<語り手>=演出家は、豊原功補と堀部圭亮のダブルキャスト。ゲネプロの語り手は豊原功補だった。豊原の演出家は、穏やかな人である。落ち着いたベテランが、急きょアクシデントで来られなくなった役者の代役プロンプターを務めるはずが…。

 作品が進むにつれ、その穏やかさは次第に情熱を帯びていく。作品を客観的に眺めているようでいて、実は登場人物たちの運命を握り、救いの場を用意し、「会えば分かり合える」と信じて疑わない。自信に満ちていたはずのその確信が、少しずつ崩れ始める。淡々と、ほとんどぶれずに進んでいたはずの彼に訪れる悲哀。それが静かに、しかし確実に客席へ届く。

 一方、舞台稽古で見た堀部圭亮は、全く違うアプローチをとっている。ひょうひょうとして一瞬お調子者にも見える。ベテランの風格をたたえながらも、自らがほんろうされ、どんどんこの世界に拘束されていってしまう男。稽古が進むほどに2人の違いは色濃く立ち上がり、同じ台本から、全く別の印象の舞台が生まれつつある。

 舞台上に居続けるもう1人の存在が、楽士アラン・パットン。その生演奏が、この作品の悲喜こもごもを彩り、ときに押し出し、ときに引き留めながら物語を展開させていく。

 そして終盤。上演台本・演出を手がける中原和樹がつくりだすアクチュアルな場が鮮明に浮かび上がる。

 『マリア・シュトゥアルト』は、IMAホールにて10月28~30日、11月10~13日上演。

【公演概要】

『マリア・シュトゥアルト』

◆日程・会場
10月28日~30日、11月10日~13日:東京・IMAホール

◆原作
フリードリヒ・フォン・シラー

◆上演台本・演出
中原和樹

◆出演
貴城けい/田野聖子

舟木健

豊原功補・堀部圭亮(Wキャスト)


【公式サイト】https://m-s-stage.com
【公式X】@mari_eliza_st

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