アーノルド・シュワルツェネッガー、ボディビル時代の転機を語る 息子もボディビル大会で優勝
『ターミネーター』シリーズなどで知られるアーノルド・シュワルツェネッガーが、北アイルランド・ベルファストのアルスター大学から名誉博士号を授与され、ボディビルダーだった若き日に、大会に出場するために同地を訪れた時の思い出を語った。最近では、息子がボディビル大会で優勝したことでも注目を集めている。
【写真】アーノルド・シュワルツェネッガーの息子、父の足跡を継ぎボディビル大会で初優勝
アーノルドは、母国オーストリアから1960年にアメリカに移住後、ボディビルとしてのキャリアをスタート。1980年に競技から引退するまでに、ミスター・オリンピアのタイトルを7回、ミスター・ユニバースのタイトルを5回獲得するなど、ボディビル界のレジェンドとして知られる。
PEOPLEによると、現地時間3月30日、ベルファストで行われた式典に赤いローブ姿で登壇したアーノルド。初めてベルファストを訪れたのは、ボディビル大会で優勝を果たした1966年のことだったと明かした。
観客の前でスピーチをする場面では、「アイルランド訛りで大変だったでしょう、とよく言われますが、訛りがあることすら知りませんでした。英語を話せませんでしたから。何しろ、口から出た唯一の言葉は、『I no speak English.(英語話せません)』だったんです」とユーモアたっぷりにコメント。
英語が話せないながらも何か話そうとする彼の姿に観客が盛り上がり、少し話すだけで大声援を受けたそうだ。「皆が立ち上がり、盛大な拍手をくれました。そうしたら司会者が、『また戻って来ると宣言してください』と言うので、『I come back(戻ります)』とだけ言いました。その時は『ターミネーター』の名セリフ『アイル・ビー・バック』とは言いませでしたが、観客からスタンディングオベーションを受けました」。
さらにアーノルドは「司会者は『初めて人前で話したのに、見事だった。君の英語はすばらしい』とほめてくれた。その後、会場を出る時には、『なんてことだ、人前で話す時は死ぬかと思ったけれど、こんなに応援してくれる観客は初めてだ』と思いました」と振り返り、この経験が人前で話す自信につながったと語った。
そして「機会を重ねる毎に話がどんどん長くなり、ついには誰も止められなくなった。人前で話すのが大好きだった。あれが、私の大きな転機だった。転機はベルファストだったとよく話しています。だからこそ、ベルファストには良い思い出が沢山あるのです」とも話した。
プライベートでは、アメリカの名門ケネディ家出身の元妻マリア・シュライバーシュワルツェネッガーとの間に子どもが4人と、当時家政婦だったミルドレッド・バエナとの間に現在28歳の息子ジョセフがいるアーノルド。ジョセフは先日、ボディビル大会初参加となるNPCナチュラル・コロラド州大会で三冠を達成。大会前には父アーノルドがサポートする様子も見られた。

